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熊本地方裁判所 平成5年(ワ)84号 判決 1999年3月17日

原告

甲野常博

右訴訟代理人弁護士

田中俊夫

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐庸晏

右訴訟代理人弁護士

田中登

加藤文郎

冨永清美

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金七九一七万〇二五七円及び内金六九六七万〇二五七円に対する平成五年二月一九日から、内金九五〇万円に対する平成八年一〇月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき、仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は保険業務を目的とする株式会社である。

2  原告は、平成二年一一月六日、被告と左記内容の保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(一) 保険の種類 住宅総合保険

(二) 保険期間 平成二年一一月六日から平成三年一一月六日午後四時まで一年間

(三) 保険の目的 家財一式

(四) 保険の目的を収容する建物(以下「本件建物」という。)

(1) 所在 熊本県上益城郡<町名・番地略>

(2) 構造等 木造モルタル塗瓦葺平屋建 居宅 床面積290.97平方メートル

(3) 用法 専用住宅

(4) 延面積 三九〇平方メートル

(5) 基本保険金額 八〇〇〇万円

3  本件建物は、平成三年四月一日、火災により消失した(以下「本件火災」という。)。

4  本件火災により、本件建物内の家財一式が焼失したが、右家財一式の内訳は、判明しているだけでも別紙被害物件一覧表記載のとおりであり、原告は少なくとも合計金八六〇六万〇二五七円の被害を受けた。

5  原告は、被告に対し、本件保険契約に基づいて右被害合計金八六〇六万〇二五七円の保険金の請求を行なったが、被告は右保険金の支払をしない。

6  その後、原告は熊本県農業共済組合連合会(以下「農業共済」という。)から、右火災に対する共済金として、金六八九万円の支払を受けた。

7  よって、原告は、被告に対し、本件保険契約に基づき、金七九一七万〇二五七円及び内金六九六七万〇二五七円に対する本訴状送達の日の翌日である平成五年二月一九日から、内金九五〇万円に対する請求拡張後である平成八年一〇月二六日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実はいずれも認める。

2  同4の事実は不知。

3  同5の事実は認める。

4  同6の事実のうち、原告が農業共済から家具類に発生した損害に対する共済金として金六八九万円の支払を受けたことは認める。なお、農業共済は、原告主張の被害金額をそのまま認めたものではない。また、原告は農業共済から家具類の残存物取片付費用として金四一万三四〇〇円の支払を受けている。

三  抗弁(選択的)

1  公序良俗違反

(一) 原告は、本件火災による保険金の不正取得を目的として本件保険契約を締結したものであるから、本件保険契約は公序良俗に反し無効である。

(二) このことは、以下の諸事実から明らかである。

(1) 原告の身上関係等

原告は、昭和一〇年一一月一八日に生まれ、本件火災当時、緑川漁業協同組合長であるとともに、熊本県上益城郡<町名略>の町会議員であった。

原告は、妻甲野澄子との間に甲野栄一(昭和三一年生)、甲野弘澄(昭和三三年生)及び甲田恵理子(昭和三六年生)が出生し、内妻の乙山信子との間に乙山博(昭和五八年生)が出生した。なお、澄子は、昭和五四年ころ、原告の不法行為により死亡した。

乙山信子は、昭和五六年ころ前夫乙山弘幸と離婚したが、その間に乙山慎一(昭和四二年生)、乙山一郎(昭和四五年生)(以下「一郎」という。)乙山弘信(昭和四七年生)、乙山幸四郎(昭和五三年生)が出生した。

原告は、本件火災発生当時、熊本県上益城郡<町名・番地略>において、右信子、弘信及び博と同居していた。なお、原告は、金融業を営む丙川律子とも内縁関係にある。

(2) 原告の経歴関係等

(イ) 原告は、かつて無限連鎖講(通称「ねずみ講」)である「天下一家の会」の不動産取得に協力した経歴を有し、その後、昭和五五年一〇月二五日、熊本県上益城郡<町名略>町内を流れる緑川の右岸河川敷に隣接する所有地(同町<町名・番地略>479.30平方メートル)に、木造セメント瓦葺平家建店舗床面積152.56平方メートル・附属建物軽量鉄骨造セメント瓦葺二階建店舗居宅床面積一階52.70平方メートル、二階55.15平方メートルを建築し、緑川の鮎料理を主とする料亭一条を開業した。なお、経営の母体は、昭和五六年九月四日以降、原告が代表取締役を務める有限会社一条に移行した。なお、原告が緑川漁業協同組合長の地位にあることと料亭一条の営業には密接な関連がある。

(ロ) 料亭一条の経営は当初は順調であり、昭和五七年一二月二七日には軽量鉄骨造セメント瓦葺二階建居宅店舗浴場床面積一階371.67平方メートル、二階211.47平方メートルに改築されたが、その後の経営は必ずしも順調ではなく、右建物は昭和五九年一二月一九日には熊本県から、昭和六〇年一月二二日には志垣祥一郎から各差押えを受けた。

(ハ) 料亭一条は電気料金の支払を数百万円遅滞し、九州電力株式会社(以下「九電」という。)との間でトラブルを生じた。すなわち、九電は、昭和四六年、緑川の左岸にあった熊本県上益城郡甲佐町大字津志田字高砂<番地略>の土地を入手し、送電鉄塔を建設していたが、右各鉄塔につながる電線路の地上の土地について地役権を設定していなかった。原告は、右送電鉄塔用地の周辺土地の砂利採掘権を取得して砂利の採掘を始めたため、九電はこれに困惑し、原告と交渉の末、昭和六三年一月七日、近くの別の場所(同一〇八)に送電鉄塔用地を取得し、電線路の地上の土地(同番一〇九)に地役権を設定して送電鉄塔を移転するとともに、原告に対する延滞電気料金請求権を放棄したうえ、原告に相当額の損害金を支払うに至った。

(ニ) 原告は、昭和六二年一二月九日、緑川の河川改修工事に伴い、建設省から料亭一条の土地建物を買収され、高額の補償金を入手した。なお、右建物は当時取り壊されたが、登記簿上は抹消されていない。

(ホ) 原告は、平成元年一二月二二日、土木建設工事を目的とする資本金五〇〇万円の龍進総合有限会社(以下「龍進総合」という。)を設立した。同社の本店所在地は、本件建物の敷地と道路を挟んで隣接する熊本県上益城郡甲佐町大字下横田<番地略>であり、代表取締役は原告の二男甲野弘澄であり、原告は取締役であるが、原告が経営の実権を掌握している。同社は、ダンプトラック、ブルドーザー等の車両を合計数台前後所有して、主として土木工事を行う会社である。

(3) 本件建物の建築等

(イ) 原告は、平成二年四月一〇日、本件建物を完成させ、同年五月一日、保存登記を行い、同年五月九日には、債権者藤本聖勝に対して債権額七〇〇〇万円の抵当権設定の登記を行った。

(ロ) 原告は、本件建物の土木工事等の一部の工事を自営で行い、また資材も自ら少しずつ集めた材木や石材等を使用したため、建築費は、通常の建築業者が行うのに比して低廉であった。

(ハ) 原告は本件建物に家財を備えたが、建物の面積に比較してその数は少なく、本件建物及びその家財一式を取得するため、保険金及び共済金額に相当する資金を現実に支出した可能性は乏しい。

(ニ) 本件建物には通常これを維持管理するに必要と思われる同居の家族又は家事使用人の存在が明らかでなく、したがって、丙川律子はもちろん、原告が本件建物を常時使用していた可能性は乏しく、本件建物は漁業協同組合長であり、町会議員であった原告の応接ないし接客の場所として儀礼上の目的のため使用されていたものと推定され、生活又は事業ないし営業上必要不可欠という建物ではなかった。

(4) 原告の知人又は関係者における火災事故等

(イ) 原告の親しい知人であり、本件火災発生との関連が疑われる丁田太郎(以下「丁田」という。)については、その妻の親戚に当たる木村隆方において、昭和六〇年四月二二日に火災が発生し、平成二年三月二二日、無人の建物内から二回目の火災が発生しており、丁田夫妻が第一発見者となっている。これらの火災の原因はいずれも明らかではなく、結果的に相当額の保険金が木村方に支払われている。

(ロ) 原告の友人で、本件建物及び同敷地に七〇〇〇万円の根抵当権を設定している藤本聖勝は、平成二年二月一七日、同人が鹿児島県に出張中、熊本市内の自宅に火災が発生し、これを焼失した事故が発生している。

(ハ) 同じく原告の友人で、安田火災海上保険株式会社(以下「安田火災」という。)に対する原告の保険金返還債務の連帯保証人である木村節生については、平成六年一〇月二四日、無人の建物内から火災が発生している。

(ニ) 原告の内妻丙川律子は、本件保険契約締結の経緯に関与している者であるが、自ら多数の生命保険に重複加入し、災害及び数回の疾病に基づき多額の保険金を請求受領した。同人は被告に対しても、傷害を理由に別訴(熊本地方裁判所平成七年(ワ)第一三一〇、一三一一号保険金請求事件)を提起した。

(5) 本件建物等の火災保険関係

(イ) 原告は、平成二年五月七日、安田火災との間で、保険の目的を本件建物とし、保険金額を一億円とする保険期間一年の住宅火災保険契約を締結した。

(ロ) 原告は、平成二年一一月六日、被告との間で、保険の目的を本件建物内の家財一式、保険金額を八〇〇〇万円、保険期間を一年とする住宅総合保険契約(本件保険契約)を締結した。その際、原告は、丙川律子の仲介のもとに、同人と取引のあった被告代理店の正角利夫との間で右契約を締結したものである。

(ハ) 原告は、平成二年一二月末ころ、農業共済との間で、共済の目的を本件建物及び家財一式、共済金額を三〇〇〇万円並びに共済期間を平成三年一月一日から一年とする火災共済契約を締結した。

なお、右のうち、(ロ)と(ハ)は本件火災と比較的接近しており、(ハ)は、家財一式について、本件保険契約と重複している。

(ニ) 原告が(ロ)や(ハ)の保険について(イ)と同時期に加入しなかった点や、(イ)と(ロ)の保険において保険金額が保険価額を超えているのに更に(ハ)の共済に追加加入した点で不可解である。

(6) 本件火災による保険金取得及びその使途

(イ) 原告は、平成三年四月一日に本件火災が発生したことに基因して、安田火災及び農業共済から合計一億三〇〇〇万円以上の保険金又は共済金を受領した。なお、右のうち、農業共済の支払った金員中、六八九万円が本件保険契約の目的と重複する家財一式に対して支払われたものである。

(ロ) その際、安田火災は、原告から、もし本件火災につき保険金支払の理由がないことが判明した場合には、保険金を返還する旨の約束を取り付け、当該保険金返還債務については、木村節生が連帯保証人となっている。

(ハ) 原告は、平成二年五月九日、本件建物について、金融業者の藤本聖勝を抵当権者として抵当権を設定するなど、通常の銀行取引をしていない様子であり、その事業運営のため必要がある場合には金融の方策を見い出す必要があった。

(ニ) 原告は、右保険金又は共済金を本件建物の復興に用いることなく、龍進総合の充実及び料理店清流の里二俣の建設に投下した。右料理店は、龍進総合が平成二年一月八日売買により取得した熊本県下益城郡<町名・番地略>所在の山林二九〇六平方メートル上に、平成四年七月八日建築された建物(木造セメント瓦葺平屋建店舗床面積139.30平方メートル)で、鮎やヤマメ料理を主とする料理店であり、緑川上流の支流「津留川」の左岸河川敷に隣接している。

(ホ) なお、龍進総合は、津留川の左岸河川敷の一部に手を加え、流水の一部を前記料理店の店舗敷地内に引き込み、ヤナ場が設けられるようにしたが、この河川敷の現状変更及び流水利用については河川管理者である県の許可を得ないで行っている。

(ヘ) 同店の経営状態は、開店当時の状況は不明であるが、少なくとも平成六年ころから平成一〇年春に至るまで週日はおおむね休業状態にあり、土、日、祝日にしても、客の姿がほとんど見られないという状態が継続している。

(7) 本件火災の発生及び原因について

(イ) 本件火災の発生に至る経緯等

原告の主張によれば、原告は、知人であり立木の伐採を依頼していた丁田に対し、乙山信子の二男であり、原告経営のラーメン店「一条」を任せていた一郎に対する説諭、指導を依頼していたところ、両名は、本件建物の西側応接室隣の一〇畳間和室(以下「本件和室」という。)において、平成三年三月三一日午後一〇時三〇分ころから同年四月一日午前一時二〇分ころまで焼き肉をしながら話し合い(以下「本件話合い」という。)をしたが、その際、両名は喫煙したほか、一郎においては相当に飲酒し、同日午前一時三〇分ころ本件建物を退出したとのことである。

本件火災は、平成三年四月一日午前一時五〇分ころ発生し、本件建物はほぼ全焼した。出火場所は、本件和室である。

(ロ) 本件火災の出火原因

① 消防署は、本件火災の出火原因として、電気こたつ、石油ストーブ及び外部者による放火等の可能性を否定し、本件火災の出火原因は、本件和室内の電気こたつの天板上に灰皿が置いてあり、右灰皿にはたばこの吸殻と焼き肉の油を拭き取ったティッシュペーパーが満杯になっていたとして、たばこの火が発火源であり、たばこの火の不始末が出火原因であると判定した。

② しかしながら、本件火災において、電気こたつ、石油ストーブ及び外部者による放火による可能性はないが、たばこについては、燃焼実験の結果、火のついたたばこの吸殻が入った灰皿に食用油を染み込ませたティッシュペーパーを満杯にしても、ティッシュペーパーが燃え上がる可能性並びにティッシュペーパーが燃え上がった場合でもこたつの天板の上にあったとされる発泡スチロールの容器に燃え移る可能性はいずれも小さく、発泡スチロールが燃えた場合でも、それが天板の上にある場合には天板に燃え移ることはなく、わずかに火のついた発泡スチロールがこたつの布団の上にはみ出ているような場合にのみ、火災の原因となる蓋然性があるにすぎない。

したがって、消防署の右判定は、極めて可能性の乏しい事態を本件火災の原因とみているもので、その合理性妥当性には大きな疑義がある。

③ 一方、本件和室においては、出火当時、フライパン、ガスコンロ、食用油等いわゆる「てんぷら火災」が発生するための材料がそろっていたものであり、燃焼実験によれば、フライパンに食用油を入れこれをガスコンロで加熱した場合、二〇分ないし二四分後にフライパン内の食用油に着火し、その数分後には火炎の高さは約三メートルにも達して容易に火災原因となる。

もっとも、消防記録には、ガスコンロのスイッチ及びガスボンベの元栓はいずれも閉まっていたとの記載があるが、ガスコンロのスイッチについては、ガスコンロの焼燬が激しくその開閉の状況は現物では確認されておらず、ガスコンロの元栓については、元栓が閉まっていたか否かを現物で確認することはほとんど不可能であったものであり、右消防記録の記述は、本件火災がてんぷら火災でないことを否定する根拠にはなり得ない。

(8) 本件における不審な点

(イ) 原告の丁田への依頼

原告は、原告が丁田に対し、一郎の仕事ぶり、日常生活、交友関係、原告に対する態度等が良好でないので意見してほしい旨依頼し、丁田がこれを受けて本件話合いをしたとするが、原告は、漁業協同組合長や土木建築業の主宰者という立場から窺えるように指導力に富む人物であって威圧的な態度であり、気性が激しくいわゆる強面ないし直情径行の面があって、家族はもちろん、周囲の人々から畏怖・畏敬されている存在であって、たとえ実子でないとしても、原告の事業の一部を任せている一郎に対し、自ら前記の程度の話ができないというのは全く不可解である。

(ロ) 原告の丁田に対する依頼の回数

原告は、丁田に対し、立木の伐採を依頼していたが、二回も三回も山林で作業中の丁田を訪ねて本件話合いの依頼を行ったとのことであるが、丁田は、本件火災の前に、原告の立木を伐採したのは平成三年二月及び三月で、その伐採量は合計17.1立方メートル余にすぎず、二トンのクレーン車(積載量は2.8ないし3.0立方メートル)で運んで六回分程度のものであるから、実際に丁田が山林で稼働したのは二か月のうちの二、三日、あるいはおおむね数日というわずかな日数であったと考えられ、多忙なはずの原告がその間に本件話合いの依頼程度のために二度も三度も山林に赴くことは考え難く、他に直接面談を要する重要な問題があった可能性がある。

(ハ) 本件話合い時の状況

① 一郎と丁田が本件話合いを本件建物で行うことは、原告の意向に基づくものであったと考えられる。

② 本件和室で焼き肉料理が行われたのは原告の意向に基づくものである。このことは、本件建物は新築後約一年しかたっていない、豪邸といわれる建物であり、その中の本件和室において、油を含んだ煙が天井や壁などに付着し、油が飛び散って畳を汚す焼き肉料理を行うことは非常識であり、原告が、一郎や丁田にとっても使用者であって畏怖・畏敬すべき存在であることからすると、この両名が原告に無断で本件和室で焼き肉料理を行うとは到底考えられないうえ、本件和室には電気こたつの上に焼き肉の用意がしてあったことからも明らかである。

③ 焼き肉料理にプロパンガスのボンベ、ガスコンロ及びフライパンが用いられているのは原告の意向に基づきあらかじめセットされていたものと考えられる。このことは、一般の家庭において焼き肉料理が行われる場合、普通、使用されるのは電気器具のホットプレートであり、本件建物内には、ホットプレートがあったはずであるところ、本件においては、これが用いられず、底が鉄板の切断面がむき出しになっていて畳を傷めることが明らかな鋼鉄製の五キログラムのガスボンベが本件和室の畳の上に置かれ、ここからゴムホースがガスコンロにつながれ、焼き肉料理にプロパンガスのボンベ、ガスコンロ及びフライパンが用いられており、このような異常ともいえるセッティングを原告に無断で行えるはずはないことからも明らかである。

④ 本件話合いの際、一郎が飲酒し、酔って寝てしまったことも、右話合いの趣旨からすれば誠に不謹慎な態度であり、原告の逆鱗も触れるおそれのある行為であるところ、丁田がこれを叱責又は制止した形跡が見受けられないのも不可解な態度である。

⑤ 丁田、一郎両名がたばこの吸殻と焼き肉の油を拭き取ったティッシュペーパーで満杯になった灰皿を放置したまま本件和室を退出したことも不可解である。もしたばこの吸殻の火が完全に消えていなかった場合には、実際にそうなるか否かは別として、ティッシュペーパーが燃え上がる危険性は通常人であれば誰しも認識し得るはずのものであり、両名、殊に酒を飲まず、元消防団員でもある丁田が、その状態を放置したまま退出したとされていることは極めて不自然である。しかも丁田は、消防担当官に対し、「灰皿は吸ったままで、最後は見なかった」と、わざわざ注意義務を怠ったことを認めるかのような供述をし、本件火災が失火であることを殊更印象付ける態度をとっている。

(ニ) 本件火災後の原告の態度

原告は、本件火災後、丁田及び一郎に対し、両名の責に帰すべき事由によりいわゆる豪邸に属する新しい本件建物のほか、原告主張によれば、極めて高価な仏壇、絵画等の家財等を焼失したのであるから、両名を厳しく叱責するのはもちろん、他人である丁田に対しては法律上の責任を追及してしかるべきであるところ、原告は、右両名に対し、ほとんど叱責もしておらず、かえって、丁田に関して、平成三年四月二〇日から同年一二月二七日まで、原告所有地の立木及び原告が立木の処分を任された有限会社大宮本店所有地の立木をそれぞれ丁田に伐採させ、一日一万円の日当を支払ったほか、立木の売却代金合計一六六万円余を取得させている。丁田の本件火災後の稼働日数は最も多く見積もっても二〇日を上回ることはないから、丁田は、本件火災後、立木伐採の日当約二〇万円及びレンタカー料金二七万円余を控除した立木売却益約一三九万円を原告から得ていることになる。また、原告は、一郎に関しては、それまで一郎に任せていた原告のラーメン店を引続き運営させ、平成五年五月からは原告が実権を握る龍進総合の従業員に採用し、平成八年二月からは取締役に登用している。こうした原告の丁田及び一郎に対する態度は、気性の激しい原告の人物像からみて全く不可解である。

(9) 本件火災後の原被告間の交渉の経緯並びに原告の請求態度及び不実表示等について

(イ) 被告は、本件火災直後から、高本損害鑑定事務所に損害調査を委嘱したが、別紙被害物件一覧表と同内容の平成三年四月二四日付け「現在高並に損害見積額明細書(A)(以下「本件明細書」という。)提出後は同事務所に所属する損害保険協会一級鑑定士井上朔人(以下「井上鑑定人」という。)が本件を担当し、同年五月二二日、同月三〇日及び同年七月四日の三回にわたり原告に面談し、本件明細書記載の家財等につき、仕様、形状、納置場所、取得日時、取得(購入)先、取得経緯、取得金額等の説明を求めたが、大部分、特に、壁彫刻、仏壇、食器棚等金額の大きいものに関する原告の説明があいまいであり、具体性、客観性を認めることが困難であった。

(ロ) 被告は、井上鑑定人からその旨の報告を受け、本件保険契約に適用される住宅総合保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)二四条四項にいう不実表示の疑いを抱いたので、被告担当者から口頭で再三当該家財の取得先等明らかにするよう要求したが、原告からこれを拒否されたため、被告は平成三年九月一三日付け被告代理人名義の書面をもって原告に対し、同書面到達後二週間以内に取得先等を回答し、かつ、証明資料を提出するよう催告し、同書面は翌一四日原告に到達した。しかし、原告は右催告を無視し、何らの回答を行わなかったが、平成四年五月七日になって、突然、原告代理人を通じて証明書六通、見積書三通及び納品書一通を提出した。

しかし、これらは、原告が主張する被害物件の一部に関するもので、被告の要求に十分こたえるものではなく、かつ、被告が抱いた疑問を解消するものでもなかった。そこで、被告は同年九月一八日付け被告代理人作成の書面をもって原告に対し、その旨を伝えたが、何らの回答がなく、平成五年一月二五日、本訴が提起された。

(ハ) その後の調査を踏まえた井上鑑定人の鑑定によれば、本件明細書に記載された家財等の損害額は、原告主張の総額一億五六〇六万〇二五七円の一〇分の一以下である一三七六万五〇〇〇円であること、殊に一〇五〇万円と主張された壁彫刻は推定再調達金額一八五万円、時価(本件火災当時。以下同様)一五一万円余であり、二〇五〇万円と主張された仏壇は推定調達金額二〇〇万円、時価一六四万円であり、一〇四〇万円と主張された食器棚は推定再調達金額一四八万円、時価一三三万円余である。なお、原告は、家財等の損害につき、農業共済から六八九万円のてん補を受けているので、結局、てん補されずに原告に残った損害は、六八七万円余にすぎない。したがって、原告の本件保険金請求は著しい過大請求であることが明らかである。

(ニ) 井上鑑定人は、その鑑定書において、原告が提出した唯一の証明資料である甲第二ないし一一号証のうち、甲第五及び第七号証を除くその余のものは、これを尊重して鑑定結果に斟酌している。ところで、甲第五号証は仏壇の部品に使用されたとする金杯等の取得に関するものであるが、原告は当初仏壇の金具に金を使用していることを井上鑑定人に告げず、後にそのように主張したもので、右金杯等が仏壇の金具に使用されたという確証は何も提出されなかったため、同鑑定人としては同資料を斟酌することができなかったものである。また、呉服に関する甲第七号証については、本件火災当日の昼間、高木損害鑑定事務所の職員が火災現場を調査した際、呉服があったとされる和たんすが全く空であったことが判明していたので、井上鑑定人が当該写真を見せたところ、原告が請求を取り下げると述べたため右鑑定書に計上しなかったものである。

(10) 以上の諸般の事実関係、特に、出火原因の不審さ、過大請求、重複保険、関係者の利益収受、請求態度の異常さその他の疑問点等を総合すると、原告は、保険金の不正取得を目的として本件保険契約を締結し、本件火災を生じさせたものであるというべきであり、公序良俗に反して無効というべきである。

2  故意免責

(一) 本件約款二条一項一号には、保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人の故意又は重過失により損害を生じさせた場合には保険金を支払わない旨の規定がある。

(二) 前記1の諸事実によれば、本件火災は丁田又は一郎の故意によるものであるところ、原告は、本件火災当時、親戚の結婚式に出席のため愛知県豊橋市のホテルに宿泊中であり、いわゆる現在証明が成立しているが、本件火災は原告の意向に基づくものであるから、原告は、故意により本件火災を生じさせて損害を生じせしめたものというべきである。

(三) よって、被告は、右約款により、本件保険金の支払を免責されるというべきである。

3  重過失免責

(一) 右2(一)と同じ。

(二) 丁田又は一郎は、本件和室内の電気こたつの天板上に置いてあった灰皿が、たばこの吸殻と焼き肉の油を拭き取ったティッシュペーパーで満杯になったままであり、もしたばこの吸殻の火が完全に消えていなかった場合にはここから火が出て火災に至る危険性が高いことを容易に知り得た。殊に、丁田は元消防団員であり、十分その危険性を知っていたはずである。しかるに、右両名は、これに水を掛けるなどして危険の発生を未然に防止することを怠り、その状態を放置したまま退出し、その数十分後に、具体的な機序は不明ながら、ここが発火源となって本件火災が発生したものであるから、右両名には本件火災の発生につき重大な過失があるというべきである。

(三) 丁田も一郎も、本件保険契約の契約者、被保険者又はその法定代理人に形式的には該当しないが、丁田においては、原告の要請を受け、本件話合いをしつつ飲食を共にしたものであり、一郎は本件建物の裏口の鍵を所持していたものであって、原告のいわゆる履行補助者と同視すべき立場にあり、この事実に前記出火状況及び原因等を併せ考えると、同人らの重過失は契約者であり被保険者である原告のそれと信義則上同視すべきものと解せられる。

(四) よって、被告は、右約款により、本件保険金の支払を免責されるというべきである。

4  要求書類不提出又は不実表示による免責

(一) 本件約款二四条によれば、(1) 保険契約者又は被保険者は、保険の目的について損害が生じたことを知ったときは、これを被告に遅滞なく通知し、かつ、損害見積書を被告の要求するその他の書類を添えて、損害の発生を通知した日から三〇日以内に被告に提出しなければならない旨(一項)、(2) 保険契約者又は被保険者が、正当の理由がないのに一項又は二項の規定に違反したとき若しくは提出書類につき知っている事実を表示せず又は不実の表示をしたときは、被告は保険金を支払わない旨(四項)が規定されている。

(二) 原告は、平成三年五月七日、被告に対し、本件明細書(なお、本件約款二四条所定の「損害見積書」に該当する。)を提出した。

(三) 被告が、その内容に不実の疑いを生じ、鑑定調査等した経緯は、前記1(二)(9)(イ)ないし(ニ)のとおりであり、原告が提出した本件明細書に記載された家財等の損害額は、原告主張の総額一憶五六〇六万〇二五七円の一〇分の一以下である一三七六万五〇〇〇円であるほか、てん補されずに原告に残った損害は、六八七万円余にすぎない。

(四) また、原告は、仏壇の金具に金を使用していることを井上鑑定人に告げなかったし、金杯等が仏壇の金具に使用されたという確証を何も提出しなかったほか、呉服があったされる和たんすが全く空であったにもかかわらず、呉服を被害物品として申告していることも前示のとおりである。

(五) 結局、原告は、被告に対し、本件保険金請求に際し、通常あり得ないような杜撰な請求をしたものであり、異常な態度をとったものであって、「保険会社の要求するその他の書類の提出を正当な理由がなく提出せず」、かつ、「提出書類につき不実の表示をした」約款違背があるものというべきである。

(六) よって、原告の右違背は、前者が本件約款二四条一項及び同条四項前段に、後者が同条四項後段に各該当するから、被告は本件保険金の支払を免責されるというべきである。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)は争う。

(二)  同1(二)(1)の事実は認める。

(2)(イ) 同1(2)(イ)の事実のうち、原告が緑川漁業協同組合長の地位にあることと料亭一条の営業に密接な関連があることは否認し、その余は認める。なお、原告が料亭一条を創業したのは昭和五五年である。

(ロ) 同1(二)(2)(ロ)の事実のうち、料亭一条の経営が順調でなかったことは否認し、その余は認める。

(ハ) 同1(二)(2)(ハ)の事実は否認する。原告が電気料金の支払を遅滞したことはあるが、それは九電が原告所有の山林に勝手に送電鉄塔を建築したことからトラブルとなったためであり、原告と九電が交渉した結果、九電が原告に対して損害金を支払うとともに送電鉄塔を移転することで解決した。原告は砂利の採掘をしたことはない。

(ニ) 同1(二)(2)(ニ)の事実のうち、原告が昭和六二年緑川の河川改修工事に伴い、補償金を入手したことは認め、その余は否認する。

(ホ) 同1(二)(2)(ホ)の事実は認める。

(3)(イ) 同1(二)(3)(イ)の事実は認める。

(ロ) 同1(二)(3)(ロ)の事実のうち、原告が、自ら少しずつ集めた材木や石材等を使用したほか、本件建物の土木工事等の一部の工事を自営で行ったことは認め、その余は否認する。

(ハ) 同1(二)(3)(ハ)の事実は否認する。原告は熊本県上益城郡甲佐町議会議員及び緑川漁業協同組合長をし、あるいは龍進総合の役員をしており、その他にも土地の買収の世話をするなど相当手広く仕事をして相当額の収入があった。原告は、昭和六〇年ころから気に入った材木を買い集めて保管し、それらの材木を使用して平成元年ころに本件建物の建築を始め、同年の暮れころにほぼ完成したが、これら建築用資材、建築工事代金等の総額は一億五〇〇〇万円ほどに達した。なお、安田火災は、本件火災後に本件建物の評価額を鑑定させたが、これによれば、本件建物には内装用の銘木として現在入手不能に近いものがあるなど、高価な材木が使われ、時価額として一億二〇一〇万円であるとされ、原告にとっても代え難い価値を有していたものである。

(ニ) 同1(二)(3)(ニ)の事実は否認する。原告は、本件火災当時、乙山信子にも家を建築する一方丙川律子からも同人の居住する家を要求され、同人に本件建物に居住させてこれを使用させるとともに、来客や会合のために使用していたものである。

(4)(イ) 同1(二)(4)(イ)、(ロ)の各事実はいずれも不知。

(ロ) 同1(二)(4)(ハ)の事実のうち、火災があったことは認めるが、当該建物は木村節生が管理していたものではない。

(ハ) 同1(二)(4)(ニ)の事実うち、丙川律子が本件保険契約締結を勧めたことは認めるが、その余は不知。

(5)(イ) 同1(二)(5)(イ)ないし(ハ)の事実いずれも認める。

なお、被告代理店の正角利夫は、保険の目的を写真を撮るなどして確認したものの、その場では契約をせず被告担当者とも協議の上で契約締結をしており、本件契約は被告側の調査に基づき締結されたのであって、特に原告の方で意図的に高額の契約を締結したものではない。

(ロ) 同1(二)(5)(ニ)は争う。原告は、農業共済との間で他の所有家屋について共済契約があり、本件建物についても契約の要望があったため契約を結んだものであり、安田火災との間では、安田火災の代理店である原某との日ごろからの関係もあり、同人の勧誘で本件建物について火災保険契約を締結したのであるが、本件建物が前記のとおり高額であったため、契約金額も高額となったにすぎず、何ら不自然な点はない。

(6)(イ) 同1(二)(6)(イ)の事実は認める。

(ロ) 同1(二)(6)(ロ)の事実は否認する。

(ハ) 同1(二)(6)(ハ)及び(ニ)の各事実はいずれも認める。

(ニ) 同1(二)(6)(ホ)の事実は否認する。料理店清流の里二俣の敷地にはもともと鉄工所があり、ヤナ場を設けるような施設もあったのであり、右料理店では、これに一部手を加えたことはあるが、河川敷の現状変更をしたようなことはない。

(ホ) 同1(二)(6)(ヘ)の事実は否認する。右料理店は、夏場の土、日、祝日だけ営業しており、そこそこにぎわっている。

(7)(イ) 同(1)(二)(7)(イ)の事実は認める。なお、本件火災発生に至る経緯は以下のとおりである。

すなわち、丁田は、原告とは以前からの知り合いであり、また原告の依頼を受け立木の伐採を手伝うようなこともあったが、原告から、一郎のことについて、私生活上のこと、原告がやらせているラーメン店のこと、交友関係、飲酒、原告への態度等々に良好でない様子が見受けられので、行動を改めるような話をしてくれとの依頼を受け、一郎と話をすることになった。

一郎は、当初は熊本県上益城郡<町名略>の自宅で会うことにしていたが、人の出入りもあるので、本件建物で話をすることになった。その際、丁田が食事をしていなかったので、一郎が家にあった焼き肉の材料を持って行き、本件建物で焼き肉をすることとなり、丁田の車で本件建物に行った。なお、一郎は、原告から来客用のため本件建物の裏口の鍵を預かっていた。

二人は、本件建物内にあったコンロやたれなどを本件和室に持ち込み、電気こたつの上に焼き肉の用意をした後、飲食しながら話をした。飲酒については、丁田は飲酒しないため、一郎が専らビールと日本酒をがぶ飲みし、丁田が二、三回しかったが、話もままならない状態になり、最後には相当に酩酊して寝るほどであった。

この間、二人とも一〇本程度は喫煙したほか、焼き肉の油汚れを拭くため、ティッシュペーパーで天板の上を拭いたが、ティッシュペーパーを天板の上に置いたか、灰皿に入れたかは必ずしも明確ではない。

丁田は、一郎が前記のように酔っぱらったことから、同人を起こして二人で後片づけをして帰り、その後、本件火災が発生した。

なお、部屋では石油ストーブも使用した。

(ロ) 同1(二)(7)(ロ)の事実のうち、①は認め、その余は否認する。

本件火災の発生の機序については、その発火源も含めて具体的には不明である。消防署が推測したように、電気こたつの天板上においてあった灰皿が、たばこの吸殻と焼き肉の油を拭き取ったティッシュペーパーで満杯になったままであり、たばこの吸殻の火が完全に消えていなかったために、ティッシュペーパーが燃えて、近くにあった発泡スチロールの皿に燃え移ったということも、可能性としては十分に考えられるところである。その他にも、たばこの吸殻からティッシュペーパーが燃えて、他のものに燃え移った可能性や、たばこの吸殻を誤ってこたつ布団に巻き込んだために火災が生ずることなども可能性としては考えられる。ただ、原告としては、具体的な火災発生の経過は不明という他ない。

また、被告は、種々燃焼実験を行い、本件火災の原因としては、てんぷら火災の蓋然性が高い旨の主張をしている。しかしながら、被告が行った実験結果については、前提条件が異なっており、証拠価値はない。まず、本件建物の発火元と見られる部屋では、数時間にわたって電気こたつが使用され、また石油ストーブも使用されており、部屋全体が乾燥していたと推測されるが、部屋全体が乾燥していれば、それだけ燃えやすい状況にあったというべきであるが、被告の行った実験が右の点を配慮した形跡はない。また、被告が行った実験では、食用油をしみ込ませたティッシュペーパーが使用され、そのティッシュペーパーが丸めるのではなく、畳むようにして灰皿の上に置かれているが、丁田らは油で汚れた天板の上をティッシュペーパーで拭いたのであって、食用油をしみこませたのではない。また、丁田らはそのティッシュペーパーを全部灰皿に入れたとは断言できない状況でもある。そうしてみると、被告が行った実験は、この点でも前提条件を誤っている。

次に、天板については、油が飛んだ後、ティッシュペーパーで拭き取っただけの状態であり、前記のとおり乾燥状態であったこととあいまって、燃えやすい状況にもあったと言えるから、一概に天板が燃えないとも言い切れないのである。

更に、てんぷら火災の実験については、結果的には、被告のした実験によっても、ガスボンベの元栓が閉められていたかどうかは不明というものである。消防署が作成している実況見分調書では、ガスボンベの元栓は閉められていたとなっており、警察とも合同で行った実況見分でも特に元栓が開いていたとか、てんぷら火災を疑うような状況はなかった。よって、実験結果によっても不明の結論を、被告が一方的に有利に援用することはできない。

(8) 同1(二)(8)はすべて争う。被告は、偏見と関連性のない証拠により主張しているものであり、到底認め難い。

特に、被告は、丁田が本件火災の放火により多額の利益を得ていると主張するが、平成三年前後は、原告は丁田に対して、原告が所有あるいは伐採を認められた山林の伐採の手伝いを頼み、丁田がその手伝いを行った謝礼金を受領し、あるいは使用した車代等の支払に代えて、木材の交付を受けただけであり、被告の主張は単なるこじつけと言う他ない。丁田に対する被告の調査と調査結果に対する評価は、著しい偏見に基づくものであり、同人の生活の平穏を脅かし、その名誉を傷つけるものと言わなければならない。

(9)(イ) 同1(二)(9)(イ)の事実は不知又は争う。

(ロ) 同1(二)(9)(ロ)の事実のうち、原告が被告から平成三年九月一三日付け書面による家財購入先の回答の催告を受けたこと、原告が平成四年五月七日被告に対し証明書等を提出したことは認め、その余は不知。

なお、原告が被告の要求を拒否したことはなく、原告が催告を無視してその後何らの回答を行わなかったことはない。電機製品等については、火災によって、資料が焼失しているため、至急にそれをそろえることができなかったものである。また、原告は、被告からの要求に応ずるべく、集められる資料を集めて被告に提出しようとしていたものであって、正当な理由なく提出しなかったわけではない。すなわち、原告としては、火災後、被告の担当者から分かる金額を出すよう求められ、記憶に従って物品と請求金額を書き出し、可能な限りの資料を集めているが、原告が本件建物内に備え付けた物品の多くは、韓国や台湾などで購入したもので、もともと資料が乏しいものであって、火災後に客観的な資料をそろえることは不可能に近いし、それを改めて評価した場合に、どの程度が相当な価格であるかは別にして、原告としては当時の取得価格を記憶に基づいて提出したのであって特に過大な請求をしたことはない。原告は、被告の資料要求の態度に立腹した面があるものの、被告代理人と面談した後、そろえられるだけの資料をそろえて被告にも提出しているから、その請求態度を杜撰と非難される理由もない。

(ハ) 同1(二)(9)(ハ)の事実のうち、農業共済から六八九万円の共済金の支払を受けていることは認め、その余は争う。

原告は、本件火災により焼失した家財等の明細書を作成したが、これらの物品が存在したことについては、被告代理店の正角利夫が確認している他、同人が撮影した写真が残存している。また、火災後の実況見分調書添付の写真や被告側で撮影した写真にも、少なくとも残骸が写っているものとして、テーブルや椅子、流し台の他、食器類や酒類等、洗濯機、応接間の飾り物の残骸、花瓶、テーブル、椅子、カウンター、水屋等、流し台、水屋、食器類や酒類等、テレビ、茶だんす、電子レンジ、コンロ、洗濯機、脱衣棚、掃除機、食卓、大型たんす、たんす内部の呉服がある。原告は、集められるだけの資料は集めて、被告に提出しているのであって、その金額について特に不自然な点はないし、外国で購入したものについては、原告自身が購入したと記憶している金額を主張する他ないのであって、故意に高額の主張をしているものではない。さらに、そもそもが火災によって領収証等も焼失している被害者に対して、明確な疎明を要求すること自体も、著しく不合理というべきである。

(ニ) 同1(二)(9)(ニ)は争う。

(10) 同1(二)(10)は争う。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)の事実のうち、原告が、本件火災当時、親戚の結婚式出席のため、愛知県豊橋市のホテルに宿泊中であったことは認め、その余は否認する。

(三)  同2(三)は争う。

3(一)  同3(一)の事実は認める。

(二)  同3(二)の事実は否認する。

(三)  同3(三)は争う。仮に丁田らに重過失があったとしても、同人らは原告のいわゆる履行補助者と同視すべき立場にないことはもちろん、それを信義則上原告の重過失と同視すべき理由はない。丁田は、原告から一郎に対する指導、助言を頼まれたため、丁田が一郎と話をしようとした際に、一郎方は人の出入りがあるので、本件建物で話をしようということになって、本件建物内で話をしながら飲食をしたというにすぎない。

(四)  同3(四)は争う。

4(一)  同4(一)及び(二)の各事実はいずれも認める。

(二)  同4(三)及び(四)の各事実の認否は、抗弁に対する認否1(二)(9)(イ)ないし(ハ)と同一であるのでこれを援用する。

(三)  同4(五)、(六)はいずれも争う。

第三  証拠

証拠は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二1  被告は、本件火災が丁田又は一郎の重過失により生じたものであり、右は原告の重過失と同視すべきものであるから、被告は本件約款上免責される旨を主張するので、この点について判断するのに、本件約款には、保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人の故意又は重過失により損害を生じさせた場合には保険金を支払わない旨の規定(二条一項一号)があることは当事者間に争いがなく、前記争いのない事実に加えて、証拠(甲12、14、乙2〜8、乙9の1、乙13、乙15の1〜35、乙18〜20、乙28〜31、証人田上健治、証人乙山一郎、証人正角利夫、証人丁田太郎(第一回。ただし、後記措信しない部分を除く。)、原告(ただし、後記措信しない部分を除く。))並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件建物は、平成二年四月一〇日新築の木造モルタル塗瓦葺平屋建居宅であるが、全体的には数寄屋風の純和風建築であり、床面積は290.97平方メートル(約88.17坪)であって、その周囲は高さ三メートルほどの上部が瓦葺の塀で囲まれており、コンクリート造りの三台程度収容可能な車庫を備え、そのほぼ中央部分には六畳相当ないしそれ以上の玄関が存し、その西側には南側から北側に向けて一〇畳の和室三室が続き部屋で存し、その北側隣に12.5畳相当の洋室(応接間)が存し、その東側には、南側から八畳の和室、八畳相当の洋室(寝室)が続き部屋で存し、玄関の東側には一二畳程度の食堂及び八畳の和室が隣接して存するほか、相当に余裕をもった広さを有する広縁、台所、便所、風呂等をも存し、個人の住宅としては相当に豪華な造りであった。(特に、甲12、乙6、乙9の1、乙13、証人正角利夫、弁論の全趣旨)

(二)  原告は、本件火災当時、主として乙山信子方で、同女、乙山弘信、一郎及び乙山博らと同居して生活していた。なお、乙山博は原告と乙山信子の子である。もっとも、原告は熊本市花園四丁目所在の丙川律子方で過ごすこともあり、普段は本件建物を使用しておらず、通常はこれを来客の接待用若しくは寄り合いの集会場等として使用していた。また、原告は、本件建物内に接客用の設備のみならず、宿泊も可能なように、ベッド等の寝具のほか、洗濯機、冷蔵庫、テレビその他の電気製品、たんす、食器棚等の家具等も備え付けていた。

また、原告は、本件建物の西側の応接間に隣接する一〇畳間の和室(本件和室)にカーペットを敷き、その上に横一四〇センチメートル、縦九〇センチメートルの家具調電気こたつを置き、これにこたつ布団を掛けるとともに、その上に天板を載せ、焼き肉等の食事もできるようにしていた。なお、原告は、焼き肉料理等をするため、本件建物内に家庭用プロパンガスボンベ、ガスコンロ、片手フライパンを準備していた。(特に、乙6、18〜20、証人乙山一郎、証人田上健治、証人正角利夫、弁論の全趣旨)

(三)  原告は、丁田の父と懇意であったことから、幼少のころから丁田に親しく接し、平成三年二月ころ、丁田に対し、山林の伐採を依頼するなどしていた。

原告は、本件火災当時、乙山信子方で暮らしていたが、一郎も当時は乙山信子方で同居しており、一郎はいわゆる連れ子であったものの、一郎を我が子同然に扱い、本件火災当時も、自己の経営するラーメン店「一条」を任せるなどしていた。

また、原告は、来客や寄り合い等で本件建物を使用する際に、料理や掃除等の準備ができるように、一郎に対し、本件建物の裏口の鍵を預けていた。

(特に、証人丁田太郎(第一回)、証人乙山一郎、原告、弁論の全趣旨)

(四)  原告は、一郎が当時若年(二一歳)であったこともあって、前記ラーメン店の経営も思わしくなく、同店に一郎の仲間が入り浸り、飲酒も多く、その生活ぶりが好ましくなく、原告に対する態度も良好ではなかったため、これを苦慮し、丁田に対し、一郎との間で、右生活ぶり等について、一郎から話を聴いて説諭、指導してほしい旨を依頼した。

そこで、丁田は、平成三年三月三一日午後一〇時ころ、熊本県上益城郡<町名略>所在の乙山信子方を訪れ、一郎に対し、前記ラーメン店のことで話がしたい旨を申し入れた。一郎は、本件建物で話をすることにし、丁田の車に同乗して本件建物に赴き、同日午後一〇時三〇分ころ、本件建物に着いた。一郎は、本件建物の裏口(台所勝手口)の鍵を所持していたことから、右裏口の鍵を開錠して右裏口から本件建物内に入り、本件和室に入室した。なお、当時、本件建物内には、一郎及び丁田以外には誰も存しなかった。(特に乙4、6、19、証人田上健治、証人乙山一郎、証人丁田太郎(第一回)、原告、弁論の全趣旨)

(五)  一郎と丁田は、本件和室に入った後、石油ストーブに火を付けたほか、電気こたつのスイッチを入れ、右こたつに入って一郎の生活ぶり等について話をするとともに、本件和室に焼き肉の用意がしてあったことから、原告が備え付けていた五キログラムのプロパンガスのボンベ、ガスコンロ、片手フライパンを用いて、焼き肉を始めた。

その際、一郎と丁田は、二人で少なくとも二〇本程度は喫煙し、天板上の直径二〇センチメートルほどの灰皿に吸い殻を入れた。また、一郎と丁田は、焼き肉の途中で天板上に飛んだ油汚れをティッシュペーパーで拭き、右灰皿の中に置いていた。

もっとも、一郎は、途中から、ビール及び日本酒を飲み始め、相当に酔った状態となり、最後には寝てしまった。(乙4、6、19、証人乙山一郎、証人丁田太郎(第一回)、弁論の全趣旨)

(六)  丁田は、一郎の前記状態を見て、それ以上話をして一郎に説諭することをあきらめ、帰宅することにし、平成三年四月一日午前一時二〇分ころ、一郎を起こしたほか、電気こたつのスイッチを切り、石油ストーブを消し、ガスコンロのスイッチを消したほか、前記電気こたつ上の天板が焼き肉の油で汚れていたため、ティッシュペーパーで天板上の右油汚れを拭き取り、これを天板上の前記灰皿の中に入れた。もっとも、一郎も丁田も、右灰皿内の吸い殻等については、完全に消火していることを確認していない。

その後、丁田は、一郎とともに、平成三年四月一日午前一時三〇分過ぎころ、本件建物から退出した。なお、一郎は本件建物の前記裏口に施錠した。丁田は、一郎を車に同乗させ、乙山信子方まで送った後、帰宅した。(特に、乙4、6、19、証人田上健治、弁論の全趣旨)

(七)  一郎及び丁田が本件建物を退出した際、本件建物内には誰もおらず、本件建物は無人の状態であった。

また、本件和室内には、五キログラムのプロパンガスのボンベとガスコンロがホースで接続されたままであり、また、片手フライパンがそのまま放置されたほか、石油ストーブも存した。(乙4、6、19、弁論の全趣旨)

(八)  高校生の福島克哉は、平成三年四月一日午前二時一〇分ころ、自宅で深夜テレビを見た後、就寝しようとしていたが、家の外部で缶を蹴るようなかなり高い音がするので、不審に思い外に出て音のする方向を確認したところ、本件建物の中央付近が燃え、炎がかなり高くまで昇っているのを発見した。その際、本件建物の両端はまだ燃えていなかったが、右中央部分の屋根が崩れ落ちるのを目撃した。そこで、同人は両親に右の旨を知らせ、母親が直ちに上益城消防署に通報した。

なお、原告は、同年三月三一日、親戚の結婚式出席のため、愛知県豊橋市に赴いていた。(特に、乙19、20、弁論の全趣旨)

(九)  上益城消防署の消防署員は、前記通報後、直ちに火災出場指令を受けて出場したが、本件建物付近周辺の進入路が幅員約二メートルで消防車の進入が困難であり、水利部署の位置、箇所が少なく、消火活動が不便な地域であったうえ、到着時には、本件建物の西側部分は既に屋根瓦が落下し、火炎が上昇し、窓や軒下から火炎や黒煙が噴出し、延焼拡大しつつある状況であったが、東側部分は火炎の噴出等はなかった。

本件建物は、最終的には、建物東側部分は屋根部が燃え抜けて、棟木、母屋は燃燬し、外壁は完全な状態で残存したが、建物西側部分はほとんど消失し、吹き抜けの状態で倒壊し、骨格だけが残存しており、門、車庫及び外溝工事を除き、全体としては全焼の状態であった。

また、その内部は、玄関西側の便所、食堂、台所、寝室、脱衣場は天井板等は焼損し、あるいは焼け落ちるなどしていたが、原形を保っており、柱、壁等も焼損しているものの、原形は保っていた。玄関は、たる木、桁は焼燬しているが残存していた。他方、西側の応接室及び和室三室は、天井、屋根が焼け落ち、吹き抜けの状態であり、殊に応接室の隣室である本件和室の焼損状況が最も激しく、ふすま、壁も焼失して脱落して部屋全体が焼燬していた。また本件和室部分には、電気こたつの残骸のほか、石油ストーブ、プロパンガスのボンベ(五キログラムのもの)、ガスコンロが残存していた。(特に、乙4、6〜8、証人田上健治、弁論の全趣旨)

(一〇)  上益城消防署係官は、現場の実況見分をするとともに、原告、丁田、一郎らから事情聴取したうえ、前記焼燬状況等、丁田ら関係者の供述内容等から、本件火災が平成三年四月一日午前一時五〇分ころ発生し、その火元が本件和室であることを認定したほか、本件火災の出火原因について、電気こたつ、石油ストーブ、ガスコンロ、放火の可能性について検討し、① 電気こたつ、石油ストーブについては、実況見分の際、本件和室内の電気こたつのコードとプラグがコンセントから抜いた状態で発見され、石油ストーブの芯が下がっており、消火の位置であったことを根拠として、② ガスコンロについては、丁田及び一郎が退出時にガスボンベの元栓を締め、ガスコンロのスイッチを切ったと供述したことなどを根拠として、③ 外部者の放火については、出火の直前まで一郎及び丁田が本件建物にいたこと、本件建物は周囲に高さ約三メートルの塀が存し、外部からの侵入が困難であることを根拠として、④ 内部者による放火については、原告は本件建物の新築後わずかであることを根拠として、一郎は保険契約の当事者でないことを根拠として、いずれも本件火災の出火原因ではないとした。(乙4、6、証人田上健治、弁論の全趣旨)

(一一)  更に、同係官は、たばこによる出火の可能性を検討し、丁田及び一郎が、平成三年三月三一日午後一〇時三〇分ころから同年四月一日午前一時二〇分ころまで、本件和室で焼き肉をしながら話合いをした際、両名が二人で二〇本ほど喫煙して灰皿に入れた旨、天板の上に飛んだ焼き肉の油をティッシュペーパーで拭いてこれを右灰皿の中に入れたため、灰皿が満杯であった旨を供述したため、右ティッシュペーパーが灰皿にかぶさったか又はティッシュペーパーに接したたばこが発火源となり、その他の可燃物に着火しても矛盾がなく、その可能性が高いと判定し、これに基づき、本件火災は丁田が天板上に飛び散った焼き肉の油をティッシュペーパーで拭き取り、天板上に置いてあった灰皿の中に入れて帰宅したため、たばこの吸い殻からティッシュペーパーが燃え出し、灰皿の横にあった焼き肉の入った発泡スチロール製皿に燃え移り、その溶解痕がこたつ布団に着火し、延焼拡大したものと推定した。(乙4、6、証人田上健治、弁論の全趣旨)

(一二)  被告は、灰皿六個(後記④は五個)にそれぞれたばこの吸い殻等を入れて実験を行ったが、右実験では、① たばこの吸い殻が二〇本入った灰皿に火の着いたたばこの吸い殻を入れた場合、他の吸い殻に燃え移り、燻焼することがあったものの、燃え上がりはしなかったこと、② 火の着いたたばこの吸い殻が入った灰皿に食用油を染み込ませたティッシュペーパー二〇枚分を丸めて載せた場合、ティッシュペーパーが焦げたものの、一〇分経過程度では着火までには至らなかったこと、③ 火の着いたたばこの吸い殻が入った灰皿に食用油を染み込ませたティッシュペーパー一〇枚分を丸めて載せた場合、二分経過後にガラス製の灰皿が割れたほか、八分後にはティッシュペーパーが燃え上がったものがあったが、他は焦げただけであったこと、④ 灰皿に食用油を染み込ませたティッシュペーパー一〇枚分を丸めて載せ、これに近接して周辺に発泡スチロール製容器(皿)、サランラップを配置して、ティッシュペーパーに点火した場合、ティッシュペーパーは燃え上がったが、発泡スチロール製容器等には影響はなかったこととの結果となり、右結果によれば、吸い殻の入っている灰皿に火の着いたたばこの吸い殻が入った場合、火が短時間のうちに他の吸い殻や一緒に入っている紙くずや周辺のものに伝わって燃え上がる可能性は少なかった。

また、被告は、点火してあるプロパンガスコンロにてんぷら油入りのフライパンを掛けて放置する実験をも実施したが、プロパンガスボンベのバルブ開放度を最少に絞った場合でも、七分後には油が発煙を始め、二五分後には着火し、火炎が1.5メートル以上にもなり、最盛期には2.5メートル以上にもなった。(乙28〜31、弁論の全趣旨)

(一三)  また、五キログラムのプロパンガスボンベは、通常の家庭では、室内で使用するには保安上危険性が相当に高いのみならず、火災になったときには安全弁が作動して残ガスが放出され、火災を助長するなどの危険性が存するため、これを室内で保管又は使用すること自体、火気管理責任上、問題がある。(乙28、弁論の全趣旨)

以上の事実が認められ、右認定に反する証人丙川律子、証人丁田太郎及び原告本人の各供述部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2(一)  右認定に関して、原告は、丙川律子が本件建物に居住し、原告も本件建物で生活していた旨を主張し、右主張に沿う証拠(証人丁田太郎(第一回)、証人丙川律子、原告)もある。

しかしながら、原告が、本件火災当時、主として乙山信子方で生活していたことは当事者間に争いがないことに加えて、証拠(乙4、6、13、乙15の31〜34、乙18、19、証人正角利夫、原告)並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件火災直後、上益城消防署の係官から事情聴取を受けた際、係官に対し、本件建物はいつもは来客の接待用に使用し、普段は使用していない旨を供述したこと、丙川律子は、熊本市花園四丁目所在の自宅で母親及び娘とともに暮らしており、同所で物品の販売及び金融業を営んでおり、本件建物には掃除に行ったりする程度であったこと、なお、本件建物の食堂隣の和室(八畳間)に置いてあった大型和たんすには、衣類、呉服等は全く収納されていなかったこと、本件建物は丙川律子の右自宅から直線距離で約二〇キロメートル前後東南に存し、右自宅と本件建物とは相当に距離があること、本件火災当時も、丙川律子は本件建物にいなかったこと、原告は、一郎に対し、本件建物の鍵を所持させ、本件建物を使用する際、一郎に掃除、料理その他の準備をさせていたこと、一郎は乙山信子の二男であること。丙川律子は、当時、原告を巡って乙山信子と対抗関係にあったことが認められ、これらの事実に照らすと、本項冒頭に掲記の証拠のみでは原告の主張は認められず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

(二)  また、証人丁田太郎は、平成三年三月三一日午後一〇時ころ、車で本件建物に一人で赴いた旨を供述する(第一回)が、証拠(乙4、18、証人田上健治、証人乙山一郎)並びに弁論の全趣旨によれば、乙山信子方に赴いた後、一郎を同乗させ、本件建物に赴いたこと、一郎は、本件火災直後、上益城消防署の係官に対し、右の旨を供述していることが認められ、この事実に照らすと、証人丁田太郎の右供述部分はたやすく採用することができない。

(三)  次に、証人丁田太郎(第一回)及び同乙山一郎は、丁田と一郎が本件和室で焼き肉をした際、天板の上を拭いたティッシュペーパーを灰皿の上又は中には置いておらず、天板の上に置いた旨を供述するが、証拠(乙4、6、証人田上健治)並びに弁論の全趣旨によれば、丁田は、焼き肉をした際、天板の上に油が飛んだため、これをティッシュペーパーで拭き、灰皿の中に右ティッシュペーパーを入れたこと、一郎は、本件火災直後、上益城消防署の係官に対し、右の旨を供述していること、丁田は、本件火災直後、上益城消防署の係官から右事実を確認され、これを明確に否定しなかったこと、が認められ、右認定の事実に加えて、証人乙山一郎の供述があいまいであり、また、証人丁田太郎の供述は、焼き肉の際に使用した道具(フライパン)について、鉄板あるいはホットプレートと供述するなど、当時の状況を必ずしも明確に記憶しているものでもないことをも考慮すると、証人丁田太郎及び同乙山一郎の右各供述部分はたやすく採用することができない。

(四)  また、証人乙山一郎は、本件火災前夜、本件建物に赴いた際、本件和室に焼き肉をする道具を運んでその用意をした旨を供述するが、証拠(乙18、19、証人丁田太郎)並びに弁論の全趣旨によれば、原告は本件和室にプロパンガスボンベ、ガスコンロ、フライパン等を備え置き、焼き肉の準備を普段からしていたこと、本件火災前夜も、本件和室に焼き肉の用意がしてあったことが認められ、右事実に照らすと、同証人の右供述部分はたやすく採用することができない。

3 前記1に認定の事実によれば、(1) 本件火災は、その発生機序は必ずしも明確ではないものの、外部から放火した様子も窺われず、電気関係及び石油ストーブからの出火はほとんど考えられないこと、(2) 一郎及び丁田が本件火災直前まで本件建物内で火気を使用していたことから、何らかの事情で右火気が発火源となった蓋然性が高いこと、(3) 一郎及び丁田の使用した火気の中で、右両名が喫煙したたばこの火が発火源となった可能性はこれを完全には否定し難いこと、(4) もっとも、灰皿内のたばこの火が右灰皿内のティッシュペーパー、吸い殻に伝播するには少なくとも数分程度を要し、点火した場合と異なり、直ちに燃え上がることは相当に少ないこと、(5) フライパンにてんぷら油を入れて点火したガスコンロに掛けて放置した場合、プロパンガスのバルブの開放度を最小に絞ったときは、油に着火して相当の火勢となるには少なくとも二〇分以上を要すること、(6) 一郎及び丁田が本件建物を退出したのは平成三年四月一日午前一時三〇分過ぎであり、本件火災の出火時刻は同日午前一時五〇分ころであると推定されており、同日午前二時一〇分ころには本件建物の本件和室部分が燃え上がり、外部からも炎が高く上がっているのを目撃し得るほどになっており、屋根が崩れ落ちるほどであったこと、(7) 他方、本件建物は、普段は使用されておらず、本件火災当時も、一郎及び丁田以外には誰もおらず、その退出後は無人となり、当日は原告が本件建物に赴くことがないことも明らかであったこと、(8) 一郎及び丁田は、本件建物を退出する際、使用した火気のうち、たばこの吸い殻については完全に消火したことを確認していないこと、(9) 右退出時、天板の上に置かれた灰皿は、吸い殻と油の付着したティッシュペーパーで満杯であり、その周囲に発泡スチロール製の皿も存したこと、(10) 本件和室内にはプロパンガスボンベがガスコンロをホースでつないだまま放置され、ガスコンロは電気こたつの上に置かれていたこと、なお、右和室内には石油ストーブもあったこと、(11) 本件和室で使用されたプロパンガスボンベは、これを室内に保管するのは保安上相当に問題があることが認められる。

以上に認定の事実によれば、本件火災の発生機序は、本件全証拠によっても必ずしも明確ではなく、その発火源も、たばこの火であるか否かは必ずしも断定できないものの、たばこの火の不始末が発生原因であったとしても、一郎及び丁田の退出時刻、その出火推定時刻、本件建物の火災の状況、特に本件和室における焼燬の程度、速さ、激しさ等に照らして考えると、本件火災の出火状況は、その経過時間からしても、延焼の進捗状況、程度等からしても、フライパンにてんぷら油を入れて点火したガスコンロに掛け、これを放置した場合に匹敵するほどの火勢であったことが推認され、これが出火源となって本件火災を招致したものといわざるを得ない。そして、そのような火気が本件和室内に残っていたことに加えて、一郎及び丁田は、本件建物が退出後は無人となり、本件建物の火気の管理をする者が深夜に長時間不在となるうえ、本件和室内には、天板の上に置かれた灰皿は吸い殻と油の付着したティッシュペーパーで満杯であり、しかもその周囲には燃えやすい発泡スチロール製の皿が存し、発火する可能性のある状況であり、その近くにはこたつ布団等の可燃物も存したほか、プロパンガスのボンベ等の危険物が残置されていたのであるから、右両名としては、本件建物を退出する際には、右危険物又は可燃物を取り片付け、あるいは、灰皿内の火気も含めて、消火を十分に確認するなど、殊更に注意して火災が生じないようにすべき注意義務があったというべきであるにもかかわらず、右注意義務を怠り、前記のような状況のままこれを放置し、漫然と本件建物を退出したものであって、本件火災の発生につき、故意にも比肩すべき重大な過失があるといわざるを得ない。右認定に反する証人乙山一郎及び同丁田太郎の供述部分は採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

また、前記二1に認定の事実によれば、一郎は内妻乙山信子の子であったが、原告は、一郎にラーメン店を任せるなど、一郎を我が子同様に扱っていたほか、一郎に対し、本件建物の裏口の鍵を預けて、本件建物に出入りし、管理させていたこと、他方、丁田は、原告と親しく接していたが、原告から一郎の説諭を依頼されたこと、原告は丁田に対し一郎の生活ぶりを心配して右依頼をしたものであること、丁田は、原告の右依頼に基づき、本件建物で一郎から話を聴いて説諭、指導したことが認められ、右認定の事実によれば、一郎又は丁田は、実質的には原告の意に基づいて本件建物を管理若しくは使用していたものであるということができるから、本件約款の解釈においては、一郎又は丁田の本件建物の管理若しくは使用行為は、信義則上、被保険者である原告のいわゆる履行補助者の行為として、原告の行為と同視すべきものというべきである。

以上の事実によれば、一郎又は丁田には、本件火災の発生につき重大な過失があり、右は原告の重過失と信義則上同視すべきものというべきであるから、被告は、本件保険契約に基づき、原告に対する保険金支払義務を免れ得るものというべきである。

三  以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官足立謙三)

別紙被害物件一覧表<省略>

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